仕事の締切があと1日ずれ込んでいたら、アウトだった。
ようやく休みがとれた。これで大手を振って行ける。
会場は名古屋駅から徒歩2分。このわずかな距離が私を油断させた。
道に迷ってしまったのだ。
手には日本ホスピタル・クラウン協会からいただいた地図。
自分を高く見積もりすぎていた。もっと詳細な地図をもってくるべきだった。
と後悔しても始まらない。
この短距離でかくも見事に迷子になるとは、さすが方向音痴の看板に違わぬ。
などと感心している場合でもない。
ぐらり。
ふいに足元が揺らいだ。横断歩道の段差で滑る。両膝を打った。
疲労がたまるといつも転びそうになる。
ここまではっきりと転んだのはいつ以来だろう。
きっと半月格闘し続けた仕事のせいだ。まぶたも重い。
道を1本間違えている気がして引き返すと、すぐに目的地の看板が見えた。
講演が行われるビル内に入ると、間を置かず、私のすぐ後ろから数人のお客さんが現れる。
「こんにちは!」
元気な声に振り向くと、そこにいらしたのは素顔のクラウンさんたちだった。
今回の講演には、クラウンさんたちも聴衆として参加なさっているそうだ。Kさんのブログにそう書かれていた。
一緒にエレベーターに乗り込む。
一方的に知っている方々と狭い空間にいるのは、自分の置き所が判らず何となく気恥ずかしい。
と同時に、己が幸運をありがたくも思う。
私にとって優れたクラウンさんは、小さな神様なのだ。
この時点で、迷子と転倒の不幸はすっかり相殺されていた。
受付で料金を払い、中に入る。
見渡せば、ノーメイクのクラウンさんたちが勢揃いし、プレジャー企画のスタッフの方々の姿もあった。
これが劇団の人間たちなら、一種の妖気さえ漂いかねないところである。
しかし、このクラウンという方々は実に自己主張の気配がない。そのことに、いつもながら驚嘆する。
まるで空気のようだ。
大棟さんはホスピタルクラウンの活動を、「病室へ外の空気を運ぶ」と表現なさるが、上質のクラウンは空気そのものなのではないかと思う。
彼らの側へ近づくたび、彼らと話すたび、その邪気のなさ少なさにハッとし、自分の中にある未浄化のおどろおどろしいものに、否が応でも気づかされる。
だが、それは不思議なほど苦味を伴わない。
彼らとともに、共感をもってそこに在るとき、同時に清められていくからだ。
【PART2】へ続く...
Comment
コメントの投稿
Track Back







infoseek.jp